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ぼくの考える本当の「いい情報」とは

「いい情報」が知りたい。
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これは、誰もが思う事かも知れません。

 

本当の「いい情報」って何でしょうか?

 

 

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自分が得する情報だよ。

 

だれも知らない貴重な情報よ。
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確かにそんな情報は、知れると嬉しいですよね。

でも、本当に、それが「いい情報」でしょうか。

 

ぼくの思う「いい情報」はちょっとちがいます。

 

 

本当の「いい情報」とは【これがすべて】

 

本当の意味での「いい情報」とは何か。

 

それは、

その情報が「刹那的」でないもので「真実」であること。

これがすべてだと思います。

 

情報は、「真実かどうか」に価値があるんです。

さらに付け加えると、一瞬で頭から消えていくような「刹那的」な情報は、あまり必要ありません。

 

ある程度、「不滅の原理」のようなものがいい。

つまり、「永劫的」だったり、「普遍的」だったりする情報が、本当に「いい情報」です。

 

 

ともあれ必要最低条件は、情報はリアルなものでなければなりません。

 

「真実」「実体験」から大きくそれたようなもの、「偶像」であってはあまり意味が生まれてきません。

「だいたい」とか「抽象」であるとか、また、「漠然とした」情報は、あまり意味がないのです。

 

情報が価値を持つには、必ず「真実味」が必要なのです。

 

 

人気が出る「作られた虚構小説」とは

作られた虚構の「小説」がヒットすることがあります。

 

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真実じゃなくても、人に売れることあるじゃん。

 

と、思いますよね。

でも、小説が売れるかどうかも、「リアリティ」にあると思います。

 

「取材」や「研究」を重ねて作られた小説は、たとえ「虚構」であったとしても輝きを放ちます。

そんな小説は、息長く読み継がれていきます。

 

明らかに、作られた話。

現実的でないストーリー展開。

登場人物の考え方や、難局の乗り越え方が、非現実的なもの。

 

そんな話をみていると、気持ちが冷めていきます。

 

それならストーリー展開の起伏が少なくても、

「平凡な一日が過ぎていく」「ところどころにささいなストレスが生まれるような日常」

そんな話の方が、魅力を感じます。

 

非現実すぎる小説は売れ行きが伸び悩みます。

 

「非現実的な虚構小説」でも売れて、読まれていく作品は

やはり、そこに引き込まれていくリアリティがあるのです。

 

「感情を強く移入」し、リアルな「仮想体験」をさせてくれる。

そんな小説が売れる小説になっている。

 

どれだけリアルなものを作り上げられるかが、小説家の生命線ではないでしょうか。

 

 

人から注目される「情報」とは

最近、テレビやネットを見ていると

デフォルメや脚色が目立ち、「真実」が見えにくくなっています。

 

芸能のニュースなんかは、大半は「真実」だろうと思います。

ですが、あまりにも「刹那的」な内容が多く、本当に必要な情報ではありません。

 

 

情報量が急激に増えたことは、「情報の消費者」である、ぼくたちからすると嬉しいことです。

 

でもその中で、本当に「いい情報」はどうやって見つけていますか。

流れてくる「情報」をただ浴びているだけになっていないでしょうか。

 

いろいろな人の注目を集めるために、情報は「普通のこと」でも「大きなこと」のように売り出されることがあります。

そんな情報に振り回されていないでしょうか。

 

「情報」は「真実」、「生」のままでなければなりません。

大きく成長させられた「養殖情報」をつかむと、振り回されて、結局は何も得ないままになります。

 

そして、またたく間に過ぎていく「旬なニュース」のようなものは、実はあまり「いい情報」とは言えないでしょう。

 

このことを念頭にすえて生活を過ごしていくことが、現代の人には必要なことです。

 

 

「にせものは嫌だ」でも「にせものが欲しい」

「真実」をつかむことは、「仕事」や「恋」の話にも通じることです。

 

にせものに振り回された経験がある人は多いと思います。

にせものだとわかっていても、つい手を出してしまうこともあります。

 

なぜなら、

にせものが欲しくなるときもあるからです。

 

ただ、にせものは、やはりリアルではありません。

にせものは、自分の中で、長生きしません。

 

若い時は、にせものに手を出すこともしばしばあるはずです。

 

長い目で見ることができず、目先のことにとらわれてしまうからです。

「今、楽しかったらいいや。」と刹那的に(本人からすると前向きに)、考えることが多いです。

 

でも、こんなとらえかたをしている時は、要注意です。

 

本人は「前向き」にとらえているつもりでも、

周りから見ると「刹那的」にしか見えないものです。

 

ただ、若いときは楽しいことが「ずっと続く」ように感じるので、これが見えにくかったりします。

 

中には、年を重ねてもそんな考え方の人もいます。

 

そして、そのまま人生がどんどん進んでいってしまうわけです。

 

途中で、にせものと気づいて脱却する人もいますが、多くの人はそのままずるずると過ごしていくことが多いでしょう。

 

ぼくのおすすめは、情報も、仕事も恋愛も、「本物」「真実」、そして「永劫性」を見るべきです。

 

そこに、「虚構」があったり、「せものが」がまじっていたりすることは避けて通る方がいいです。

 

 

その「判断」をするのが、人生です。

「判断」は、毎日毎日迫ってきています。

 

多くの人が、意識せずに自然と「判断」をしています。

その結果は、「今」の自分を見るとわかります。

どうでしょうか。

 

 

さて、考えてみましょう。

 

「今」の自分は、昔あこがれていたような人物に成っていますか。

「成っている」と思う人は、これまでの日々の判断は間違っていませんよね。

 

「成っていない」と感じる人は、日々の選択を間違ってきた、あるいは、どこか大きな分岐地点で理想とはちがう道を選んだ、のではないでしょうか。

無意識的に、憧れの自分・理想の自分を避けるような判断を重ねているのかも知れません。

 

 

本当の「いい情報」とは【これがすべて】 まとめ

本当にいい情報は、「真実であること」

そしてプラスアルファは「刹那的」でないことです。

 

本物の情報には、裏切りはありません。

 

今まで自分が見てきた情報は「本物」と感じるものでしょうか。

 

「いい情報」=「真実」を見抜くことが重要です。

 

それを「判断」するのは、ずっと先ではなく「今日」、

そして「今」この時です。

 

本物の情報を得て、自分の人生をよい方向に判断していけることを願っています。

 

おしまい

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